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しくじり?黒歴史!?様々な困難を乗り越えながら成長をしてきたamazon一代記をご紹介!!

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amazonの歴史を知るために最重要だと言われている書籍があります

快進撃を続けるamazonですが、最初から現在のような巨大マーケットとしての大成功を収めていたわけではありません。創業者とその周囲の人々の積み重ねた努力の結果であることは想像に難くないですが、そのエピソードについてはまだまだ知らない方も多いと思います。

ニューズウィーク誌、ニューヨーク・タイムズ紙で15年にわたりamazonの企業報道に取り組んできたシニア記者の雄、ブラッド・ストーン氏が書いた著書「ジェフ・ベゾス 果てなき野望」にはamazonの誕生から現在までの成長の歴史が詳細に描かれています。本日はこちらの書を参考にamazonの歴史を紐解いてまいりましょう。

amazon創業者のジェフ・ベゾスは最初から今のようななんでも扱う商品展開を考えていた

amazonが本を販売するウェブサイトとして1995年に発信をしたとき、既に創業者のジェフ・ベゾスの頭の中には会社を爆発的な成長に導き、ネットショッピングの世界を独占するビジョンが浮かんでいたと言います。当初から彼はamazonを現在のような「何でも販売するサイト」にするつもりだったのです。

もともとの名前はamazonではなかった

ベゾスは当初、呪文のような響きを持つ Cadabra(カダブラ)という名前を社名に使おうと考えていたそうですが、amazonの最初の弁護士であるトッド・タルバート氏より「Cadabraの発音は解剖用の死体を意味するCadaverに似ている、特に電話越しに言われた場合には判別が付きにくく印象が良くない」とアドバイスし説得をしたそうです。

弁護士の的を得た説得もあり、最終的に彼は「amazon」という名称を選んだ。世界最大の河川であるアマゾン川の名前を冠するアイデアを気に入り、それは企業の最初のロゴにも反映されています(上記画像を参照)。

立ち上げ当初は何かが売れるたびにベルが鳴るように設定されていた

まるでファミレスの呼び鈴のようで驚きなのですが、当初は何かが売れるたびにベルが鳴っていたそうです。ベルが鳴ると従業員が一同に集合して、知り合いが購入したかを確かめるといった手法を取っていたんですね。徐々に盛況となりベルがあまりにも頻繁に鳴るようになったため、わずか数週間後にはベルの設定はオフになったという逸話もあるようです。結果的には、amazonは立ち上げからわずか1カ月でアマゾンはアメリカの全ての州、そして世界45カ国へと本を発送したのです。

地衣類に関する意味不明な本がアマゾンを救った

当時、卸売業者は小売業者に対し、最低10冊の本の注文を義務づけていました。ですが、amazonはそれほどの在庫を必要としておらず、在庫を抱えるほどの経済的な余裕もなかったようです。

そこでamazonチームは抜け道を思いつきました。卸売業者はamazonが10冊注文することを義務づけてはいたが、amazonが10冊受け取る必要はなかったのです。amazonチームは必要な1冊の本を発注すると、残りの9冊は誰が読むのか見当も付かないような地衣類に関する本を発注しました。これらの本は卸売業者側で常に在庫切れだったので、納品されることはありませんでした。こうして彼らは必要な本を1冊単位で発注することを可能にしたのです。

ワーク・ライフ・バランスを見直すきっかけとなったとある出来事

当初、ベゾスはamazon従業員に最低でも週に60時間は働いてもらいたいと考えており、ワーク・ライフ・バランスについての発想は皆無だったそうです。

当時の従業員の1人は8カ月間、休みなく働き続けていたそうです。早朝に自転車で出勤して深夜まで働く生活を繰り返すうちに、アパートの近くに駐車していた自分の所有車であるワゴンの存在をすっかり忘れてしまったそうなのです。自分の所有車の存在を忘れてしまう程とは当時のamazonの忙しさがいか程なのかがわかりますね。

このエピソードがどんな結末を呼んだのかといいますと、郵便物の確認をする時間もなかった当時の従業員の1人がようやく郵便物の確認をした際、複数の駐車違反のチケット、レッカー移動の事後連絡、レッカー会社からの数回に及ぶ警告、そしてオークションで車が売却されたという最終メッセージが入っていたといいます。

彼に限らず職場は常に深刻な人手不足だったわけですが、発注に対応するため、従業員全員が夜勤をしなくてはならず、仕事が終わるとスタッフは翌日のために車で仮眠をとるような生活だったそうです。結果、スタッフは揃って疲労していき生産性にも影響が出ました。最初のクリスマス商戦の時期の出来事でした。

この教訓を基に、ベゾスは二度とホリデーシーズンに人手不足に陥らないようにすることを誓いました。以降のamazonではこのような事態を繰り返さないために期間従業員を現在も多く雇っているそうです。また、欧米ではamazonに限らず上記の図のようなサイクルでワーク・ライフ・バランスを構築する企業が多くみられます。

ベゾスの即断即決は配送センターでもカオスを生んだ

ワーク・ライフ・バランスについての問題は解決したものの、1990年代後半から2000年代前半にかけて、アマゾンは強烈な成長痛を味わうことになります。システムが停止し、施設が何時間も稼働できない状態になったり、商品が放置されっぱなしになり、新規商品カテゴリーの準備も全く進んでいなかったりと一種のカオス状態を生みました。キッチンカテゴリーが導入されたときには、しっかり包装されていない包丁がコンベヤー上を飛ぶように過ぎ去っていく非常に危険な職場だったという従業員の証言すらもありました。

このままではいけないと、ベゾスは2002年前半「ピザ2枚分のチーム」のコンセプトをアマゾンに導入します。従業員は2枚のピザをシェアするのにちょうどいい10人以下のグループに分けられ、自律的に働くことを求められました。チームには厳しいゴールが課せられ、業績を算定する基準も設けられた。「フィットネスファンクション」と呼ばれる目標管理方式で、ベゾスはチームを統括したのです。
「コミュニケーションは機能不全のサインだ」とベゾスは考えました。しかし、従業員のほとんどはピザ2枚分のチーム編成に対して好意的ではありませんでした。特にフィットネスファンクションは、従業員にとってかなりストレスのたまるシステムだったようです。
amazonの顧客はベゾスへ直接クレームのメールができた

ベゾスはそのメールを適切な担当者へと転送したが、そこには時折「?」と添えられていたそうです。ストーンはこの「?」について著書で以下のように書き記しています。

「amazonの従業員はベゾスからこのはてなマークのついたメールを受け取ると、時限爆弾を見つけたかのようなリアクションをする。彼らは社長がフラグを立てたその問題の解決策をわずか数時間で提案しなくてはならない。まずその問題の原因と対応策を上司およびその他のマネジャーに対して詳細に説明し、その後ベゾスに提示される。これらのメールはエスカレーションと呼ばれ、顧客の声が会社内に届いていることを確認するため、ベゾスが編み出した方法だった」と記しています。

amazonの従業員にとっては、たまったものではなかったと思いますが、amazonの急成長にこのエスカレーションは欠かせないものであったようです。

googleの「ストリートビュー」の前にamazonの「ブロックビュー」が存在してい

2004年にアマゾンはA9.comという検索エンジンを開始しました。

A9.comはブロックビューという名のプロジェクトとして開始され、可視化された電話帳といったイメージのものでした。店舗やレストランの外観画像と店の情報が組み合わされ、A9の検索結果に表示されるという構想のもので、amazonは10万ドル以下の予算で、主要な20都市にカメラマンを派遣し、レンタカーでレストランの写真を撮影して回るように依頼しました。しかし、2006年にこのブロックビューのプロジェクトにamazonは終止符を打つこととなりましたが、その翌年の2007年にgoogleがストリートビューを開始するのです。amazonのプロジェクト内部にいた人間がgoogleに!?などといったような野暮な深読みはしませんが、なんだか気になってしまいますよね。

amazonならではのユニークなエピソードは他にもたくさんあります

amazonの従業員は激務のホリデーシーズンを乗り切るために思い切り金切り声を上げる「プライマル・スクリーム」をストレス解消の方法として奨励していたそうです。amazonは期間限定の労働者を毎年雇っているのですが、それでもホリデーシーズンは物流チームにとっては悪夢のような時期であったようです。

2000年初頭にamazonのオペレーションマネジャーだったジェフ・ウィルクはゴールを達成したチームや従業員に目を閉じ、椅子の背もたれに身を任せ、可能な限り大声で電話に向かって叫ぶ、という行為を許可していた。ウィルクがブラッド・ストーンに語ったところによると、プライマル・スクリームによってスピーカーが破壊されてしまいそうな勢いだったそうです。

当時のamazon発送センターの職場環境は劣悪なことで知られており、不満に思った従業員による「仕返し」にまつわるおかしなエピソードも残っています。仕事を辞めるための準備中だった従業員の一人が発送センターのベルトコンベアーに自らの身体を乗せ、施設全体をぐるっと回って楽しんだというエピソードなどはまだ可愛い方で、最も面白いのは2006年にカンザスの発送センターで勤務していた派遣社員のエピソードでしょう。

彼はシフトの始まりにやって来て、終わりになるといなくなるのですが、その間の時間の記録が全く残っていなかったのです。1週間余りが過ぎ、周囲はようやく異変に気が付きます。なんと、彼は大きな木材のパレットに穴を開け、誰からも見られることのない小部屋を作っていたのです。そこにはamazonの商品を使って作ったベッドが置かれており、同じくamazonの商品である書籍から切り取られた写真を駆使して作られたその場しのぎの壁と、同じく商品であるスナックの食べかけが発見されたのでした。発見された後、この従業員はもちろん解雇を言い渡されたそうですが、そりゃそうなるだろといった印象しかありませんよね。

ジェフ・ベゾスは理想の高い上司であり、従業員に向かって爆発することもしばしば

噂によると、ベゾスはリーダーシップコーチを雇い、その怒りをコントロールする努力をしているそうです。ベゾスは聞きたくない類いの報告がなされた時に、感情を抑え切れずに爆発させてしまうこと、または皮肉な態度を取ることが従業員たちの間では有名です。彼の強力すぎる感情を制御するために、リーダーシップコーチを雇っているとも言われていますが、大きな業績を残す為にはそれもamazonの原動力として必要であったのかもしれませんね

人気番組しくじり先生のような展開になってしまいましたが

ブラッド・ストーン氏が報道の出身であることを考えると、納得のいくお話です。そして、数々の失敗から必ず成功を生み出しています。ここからは筆者なりの目線で「失敗は成功の元」を地で行くジェフ・ベゾスの功績をまとめていきたいと思います。

徹底的な長期視点の裏にベゾスの信念あり

amazonは赤字を垂れ流し続けながらも株価が上がっていたのはよく知られていることですよね。外部の人たちに笑われるようなことがあっても意に介さずに、ベゾスは自分の信念を貫き配当はせずにずっと無配のまま先行投資を惜しまず利益をどんどん投資していったのです。意義ある事業なら5~7年かかろうとも構わず投資して突っ込むという徹底的な長期視点。電子ブックリーダーKindleの開発にも当然数年を費やしてきましたが、必要なものと判断して開発を続けて現在にいたります。amazonの書籍ランキングでもKindleの売れ筋は多大なカウントを誇っていることからも長期視点と共に成長を続けてきたのがわかります。短期的な利益をとる代わりに長期的なチャンスの目を摘んでしまう、あるいは常に短期的な施策しかせず、自転車操業になってしまう。そんな会社が多い中、我慢強く長期的な視点で物事を判断し、実行できるベゾスの目線はこれからも株価同様に先に進み続けることでしょう。

最初はオンラインの本屋に過ぎなかったamazonの株価が何故500倍以上になったのか

上場来で株価が500倍以上になり、ウォルマートを抜き、時価総額ベースで世界最大の小売企業となったアマゾン・ドット・コム(米国ナスダック上場 AMZN)ですが、ベゾスの「何でも販売するサイト」という展望が見事に実現し、野菜や電気製品、ベッド、日用品まで、何から何まで買うようになるとは紙の本だけを売っていた初期に誰も思わなかったことでしょう。米国に6,000万人以上居ると推測される「amazonプライム会員(年99ドル、即日配達と無料動画サービス付き)」は、一人あたり年間30万円近く平均購入しており、コンビニのようにアマゾンは人々の「エブリデイ・ライフ」に組み込まれつつあります。また、あらゆる企業は本屋であるアマゾンからクラウドコンピューティングを格安の月極プライスで利用し(AWS、アマゾン・ウェブ・サービス)、自社のオンラインサイトを運営することになるなとは思ってもいなかったでしょうね。

倹約家であるベゾスの徹底的なコストカットは顧客のため

倹約がamazonの社是の一つになっているようで、無駄なコストは徹底的に排除するのがベゾスの経営理念です。ですので、本人はもちろん社内も質素です。机も1990年代のものをずっと使い続け、カラープリンターは使わず、出張の飛行機は役員もエコノミークラス。googleのような福利厚生とはまったく縁がなく、最高の職場ランキングでは5点満点で3.3とまったく奮わないのがamazonの社内の特徴です。

役員への報酬についても倹約の姿勢が現れているようで低く抑えられているそうです。ベゾスがamazonからもらう報酬は年間8万ドル強(レートでいうと884万円くらい)なので、今の日本の平均年収の2倍より少し多いくらいということになります。他の役員も報酬は17.5万ドル以下で、億単位で報酬をもらうCEOがいる中ではだいぶ少ない報酬となります。その代わりにamazonではストックオプションが与えられるようです。ベゾスがamazonから受け取る現金の年収は800万円かもしれませんが、総資産は319億ドル(レートで3兆4452億円ほど)、役員たちも2000万ドル相当はあるそうです。

なぜ、そこまで倹約するのか?その理由は、コストを削減することで、それだけ安く顧客に商品を提供できるという商売人として最も大切な理由からです。ベゾスのこの姿勢には尊敬するばかりで頭が上がりません。

徹底的な顧客視点を持つベゾスが叩きだすトップの顧客満足度指数

ベゾスが開く会議では定期的に空席を一つ用意し、誰も座っていないイスにはお客さんが座っているとみなして会議をしていたそうです。また、現在ではその空席の代わりに特別に訓練された社員がお客さん役として目を見張っているという更に厳しい視点で会議が行われています。そのうえで、トップであるベゾス自らがお客さんから来るメールをチェックするという徹底的な顧客視点から成り立ってるのです。

そうした徹底した顧客視点が結果にも現れており、顧客満足度指数のオンライン小売り部門では何年もトップとなっており、全業種の総合ランキングでも常にトップ10にランクインしています。

ベゾスの信念は顧客のためにというところに必ず行きつくので、従業員も顧客のことを考えるというサイクルが現在では完璧に出来上がっています。発送センターにサボるための小屋を建てて寝てるような従業員がいた頃とは雲泥の差ですよね。

今回のジェフ・ベゾス一代記考察のまとめになりますが

ジェフ・ベゾスの功績を真似るまでもなく、最も重要なのはお客様だということは「ギフトチェンジ」も同様です。amazonギフト券はベゾスの功績の中のたった一つなのかもしれませんが、この広い世界のジャパンマーケットで現金化という形で少しでも係われていることに今回の考察で誇りが持てました。

そして、amazonビジネスが大きいから買取業者には関係ないであるとか、業種が違うから関係のないことではなく、お客様にとって大事なことをこの人ならどう捉え、どう考えて実践しているのか?ということをしっかりと見つめられる視野が得られました。スケールの大きな話ばかりでなく自分の持ち場ならばどうだろうか?と考えることでamazonギフト券現金化業者も大きな成長を得られるのではないかと思うわけです。国内では、メガバンクがamazonへのシステム移管を計画中であるという報道もあります、ベゾスの動向だけでなくamazonマネーからもひとときも目が離せませんね。

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